このままではまずい
27 July 2013 | Kyoto
食べものの写真を載せることができるくらい、私は健康になった。
しかも、この、いかにも食べてますってかんじのやつを。
なんてことを気にしている間はまだあかんわ。
えーあかんのー。
最近は、親との距離の取り方がわからないでいる。
初孫が生まれてから、何かにつけてしゃしゃり出てくる初老のふたり。
かつての私は、ほとんどにおいて否定する親に、特に母の存在に耐えきれずに、家を出た。
それも、極限まで待って、ほんとうにどうにもならなくなるまで我慢した。
だから、家を出て北米に行ったとき、私の右手はボロボロやった。
けれどもそれから6年という時間をかけて、親の存在がうつくしいものに変わり、自分の意見も主張できるようになった。
それが、また身近に暮らすようになって、じわじわと汚染されつつある。
子供を育てるにはあーしろこーしろ。旦那とはこーしろ。むこうの両親とはあーしろ。
それを、私はだまって「わかった」ときいている。前の自分と同じ。いや、むしろひどくなってる。
それには理由がある。それは兄。
あんな、ただのおっさんでしかないような男が、定年を過ぎた母親にあんなえらそうな口をきいているなんて知ったら、せめて私だけは良い娘でいようと思ってしまう。
おなかを痛めて生んだ子が、十二分に成長したにも関わらず、いつまでも家に寄生し続けている。母親は、きっとこの子はこのまま死んでいくのだろうと知りながら、年老いていく。
末恐ろしいわ。
だから、私だけは母の心の拠り所でありたいと思うと、なんでも「わかった」としか言えない。
汚染されているとわかりながら。